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スローサイクリング [スローライフ]

スローライフ掛川のフォーラムが掛川市の美感ホール
あったので、参加してきた。



フォーラムの講師は、元掛川市の助役・小松正明
講演のタイトルは『スローサイクリング東京再発見』
スローライフ掛川の立ち上げに関った人らしい。
役人ぽい、偉そうな感じのない話の上手い人だった。

 

以下は氏のブログからの転記です。

転勤の多い私としては、新しい職場や任地へ赴いたときはまず
地域の神社に挨拶をしてから始めるのですが、これは建設省の
先輩からの教えが心に残っているから。

 その教えとは「新しい土地へ行ったら、そこの一番の神社へ
行って挨拶をしてから仕事を始めると良いんだ。我々のように
土や川を動かすことを仕事にしているものには、生き物の住みかを
奪ってしまうことも多い。そのことに畏れを感じて神社へ挨拶
に行くんだよ」というもの。

 それ以来、古事記や日本書紀を読んだり神道の世界に触れる
機会が多くなり、国民の信仰とは何か、ということについて考える
ことが多くなり、時間があればその土地ごとの神社を巡ることが
多くなったのです。

 そして現代都市の東京にも、この手の日本人の信仰心が特に神社
には現れていて実に面白いのです。

 その一番典型的な姿を江戸総鎮守神田明神に見ることができます。
ここは元々伊勢神宮に捧げる田んぼがあったために神田と言われる
ようになったのですが、もともとは大手町の方にお社があったのだそう。


 
 この神田明神の主祭神は大巳貴命(オオナムチノカミ)と呼ばれて、
大国主命(オオクニヌシノミコト)と同じ神様が祀られているのですが、
二番目に祀られているのは何と平将門なのです。

 神社が移ってくる前の元々あった大手町には今でも将門の首塚が
残されていて、日本の経済の一大中心地に動かせない信仰の力が
あるのです。



 神社は江戸城が増築をした際に今の場所に移り、江戸城の北東の
鬼門の押さえとなり、江戸総鎮守として江戸城を見守り続けました。

 それが明治七年に明治天皇が行幸される際に、かつて政権に弓を
引いた逆賊として祭神からはずされ、それがまた氏子の強い熱意に
より昭和58年に祭神として復活し、今に至っているというのですから、
実に面白いではありませんか。

 神田明神の氏子は成田山新勝寺にお参りをしないと言われているそう。
それは時の政権が将門の乱の鎮圧のために成田山で将門に呪詛を
させたためで、成田山へ行くことは将門を苦しめることになるから、
ということなのだそう。東京の繁栄がこうしたエピソードで彩られている
なんて、実に興味深いことですね。

 そんなエピソードに始まって、仏教渡来から始まる神仏習合、国学の台頭、
明治の神仏判然令などなど、神と仏をめぐる案外知らない歴史について
思い切り語らせてもらいました。

 こういう話を聞いてから寺社仏閣を巡ると、日本という国が今までとは
違って見えてくるはずです。さて聞かれた方はどんな感想をもたれたでしょうね?

 

神への奉げる田があったから、神田とか。秋葉系の神様の話とか
とても楽しく聞く事ができた。話に聞き込まれてしまい、氏の本を
その場で買ってしまった。





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コメント 1

素晴らしい!

その場で買っていただいた本、いかがでしたか?
懇親会も来ればよかったのにねぇ・・・。
by 素晴らしい! (2008-02-05 18:48) 

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